ベルリン旅行 その◆_修されたベルリン国立歌劇場

 

18世紀に建てられた名オペラ座、ベルリン国立歌劇場は、

 

2010年から改修工事が行われ、

 

2017年10月3日、ドイツ再統一記念日に再オープンしました。

 

 

 

 

私がベルリンに滞在した2016〜17年は、

 

残念ながらまだ改修中でした。

 

 

 

 

なので今回、オットー・ニコライ作曲、

 

オペラ「ウィンザーの陽気な女房たち」のチケットを

 

ネットでとることができ、楽しみにしていました。

 

指揮はダニエル・バレンボイム、

 

オーケストラは、シュターツカペレ・ベルリン、

 

しかもプレミアです!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

改修されてピカピカですが、このような古いつくりの劇場、

 

どこかで見たことがあるような、知っているような感じもしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

歴史を感じさせる内装です。

 

 

 

 

 

 

 

 

音響を考えて、以前より5m高くなった天井。

 

 

 

 

 

 

 

 

規模の大きな歌劇場ではないので、

 

その分、舞台が近くに感じられます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



 

とても楽しみにして行ったのですが…

 

 

 

オペラは、歌手も大事ですが、演出がもっと大事です。

 

この日は、バリバリの現代風演出でした。

 

あまりに現代風すぎて、私にはついていけない部分もあり、

 

ちょっと残念❕

 

 

 

 

 

 

 

ところがつい一週間ほど前の11月9日、

 

ベルリンの壁が崩れて30周年記念日のことです。

 

テレビでは、壁の崩壊の映像が流れていました。

 

 

 

 

そのニュースを見て、

 

今から30数年前、フライブルク留学時代にベルリン旅行をし、

 

東西を分断する壁を見たことが、思い出されました

 

 

 

当時、私達日本人が西ベルリンから東ベルリンに行くには、

 

たしか西側の25マルクを東のマルクに両替して、

 

手数料を払い、一日ビザをもらいます。

 

そして西ベルリンから東ベルリンに行き、

 

シンデレラのように、その日のうちに

 

西ベルリンに戻ってこなければならなかったのです。

 

 

 

一日ビザをもらった私は、初めて見る東の世界に降り立ちました。

 

楽譜が、西側の1/4以下の値段だったので沢山購入し、

 

その楽譜は、今も私の本棚に並んでいます。

 

 

 

そしてその時、東ベルリンの国立歌劇場で、

 

R・シュトラウスの「ばらの騎士」を観たのです。

 

深い感動を覚えたことが

 

古い映画をみるように思い出されました。

 

 

 

若かった私は、

 

一階の中央席で息をのむように音楽の素晴らしさを堪能し、

 

オペラの醍醐味を肌で感じ、夢のような幸せを味わったのです。

 

今でもその感動はよみがえってきます。

 

何故そんな良い席で、学生の私が観れたのかわかりません。

 

聴衆の中に溶け込んだ空気感までが思い出されました。

 

 

 

 

 

その瞬間です‼

 

 

 

 

この歌劇場は、東西の壁が壊れて、現在は…

 

 

 

 

何と、今回行った

 

「ベルリン国立歌劇場」ではないですか‼

 

 

 

何故、今まで結びつかなかったのでしょうか?

 

 

 

改修工事にばかり気を取られ、

 

見れなくて残念だなぁ、という気持ちしかなかったのです。

 

 

 

そして改修したてで、ピカピカしていたので、

 

昔のセピア色の雰囲気とは趣が違いました。

 

 

 

でも、確かに、この歌劇場で30数年前、

 

「ばらの騎士」を観たのです。

 

心がじわーッと温かくなりました。

 

 

 

 

あの東西の緊張の時代を見れたことは、

 

かけがえのない体験です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

photo by steinway

ベルリン旅行 その _鹽哨船腑灰譟璽

 

昨日、2019年11月9日、

 

ベルリンの東西の壁が崩れて30周年を迎えました。

 

 

ベルリンの友人からのメールでも、

 

ベルリンの盛り上がっている様子がうかがえます。

 

 

 

崩壊当時、東と西の格差がなくなるには、

 

分裂状態にあった年数以上はかかるだろう、と言われていました。

 

1961年に壁ができ、1989年に崩壊なので、28年間分裂状態でした。

 

それから昨日で30年経ったのですが、まだまだ格差はあり、

 

次の10年がどのように進展するか、です。

 

特に、ドイツ経済は悪化しているので、困ったことです。

 

 

 

壁が崩れた時、多くの優秀な若者が東から西へ出てきました。

 

現在、その人たちの中で、東の良さに気付き戻ってくる人々も多く、

 

そのことには希望を持てますね。

 

 

 

 

 

 

さて、私はこの夏のハンブルク滞在の最後に、

 

ベルリン旅行をしました。

 

2016年から1年半住んでいたベルリン。

 

ハンブルクから東へ列車で1時間40分、ベルリンに到着です。

 

結構近いです。

 

 

 

 

 

以前、良く通ったチョコレートのお店、

 

「ファスベンダー&ラウシュ」は改装されていて、

 

2階のカフェの一角が、

 

下の写真のようになっていました。

 

 

 

 

 

 

いろんな種類のチョコレートが、回転ずしのように、

 

出てくるのです❕

 

ドイツで、回転ずしが流行っていますが、

 

日本人は、回転チョコレートには結びつかないですよね❣

 

1つ、1.5ユーロ。

 

 

 

 

 


 

photo by steinway

ハンブルクの思い出 その 古〜いチェンバロ

 

世界で10本の指に入る古いチェンバロ。

 

1540年ごろ、イタリアで作られたものです(作者不詳)。

 

 

作者の、この楽器への思い入れが

 

時代を超えて伝わってくると思いませんか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

楽器全体は、下の写真です。

 

「オリジナルの保護用ケースのまま展示」と書かれていました。

 

確かに、チェンバロが木枠の箱に入っているようですね。

 

 

これは、運送のため、この木枠が作られたのでしょうか?

 

それとも、普段はこの木枠のまま大事に保存していて、

 

演奏する時は、中のチェンバロが見えるように、

 

木枠がはずれるのでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この楽器は、

 

ハンブルク駅前にある「美術工芸博物館」に展示されています。

 

この博物館は、世界各地の美術工芸品を中世から現代にいたるまで

 

展示していて、多くの部門に分かれています。

 

 

 

その最初のフロアーに、数多くの古いチェンバロが展示されています。

 

 

 

 

 

 

下のチェンバロは、1755年アントワープで製造されたものです。

 

何とも装飾が見事です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふたの内側に描かれた油絵も繊細で優雅です。

 

この楽器の所有者はどんな人だったのでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次のチェンバロは、1712年製造(イタリア)。

 

5本脚です。

 

調度品としても美しい。

 

 

 

 

 

 

上の写真のチェンバロの鍵盤部分を撮りました。

 

ふたには鳥が描かれています。

 

これも木箱に入っています。

 

演奏する時には、鍵盤の前の板が外れるのでしょう。

 

 

 

 

 

 

広いフロア―に上のような楽器が沢山並んでいるので、

 

時を忘れてしまい、どんどん時間が過ぎて行きました。

 

 

この美術工芸博物館の一番人気はアールヌーヴォーの部屋で、

 

イギリスのウイリアムモリスの絨毯や北欧のアールヌーヴォーも

 

展示されています。

 

時間が足りなくなって、これらは駆け足で回りました。

 

 

日本の浮世絵、刀、裏千家から贈られた茶室もあり、

 

日本コーナーも充実していますよ❣

 

 

 

 

 

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ハンブルクの思い出 その◆.螢紂璽戰奪

 

日本に帰国して、もうすぐ3週間になります。

 

でも私の主観では、もっと時が経ったような気がしています。

 

 

 

さて今日は、ハンブルク近郊のハンザ都市、リューベック

 

についてお話しますね。

 

 

 

リューベックには、ベルリン滞在中の2017年夏に、

 

妹と行ったことがあり、その事をこのブログに載せたので、

 

記事をさがして読んでみました。

 

 

写真など、今回よりよく撮れていてビックリ❣

 

しかも、一日で沢山の見どころを回っているのです。

 

 

 

よろしければ、ご覧ください❕

 

前回の記事はこちら

  ↓

http://kazue-harada.com/?eid=270

 

 

 

 

 

今回は、9月末、ゲーテが終わってやれやれという時期、

 

私一人でその疲れを癒そうと、出かけました。

 

 

 

 

その中で、初めて行ったのが、

 

下の写真、「シッファーゲゼルシャフト(船乗りの同業者組合)」。

 

この建物は、1535年に建てられました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中に入ると、一階はレストランになっています!

 

当時は、船員たちが航海前にここに集まり、

 

航海の打ち合わせをしました。

 

 

 

下の写真のように、樫の木で作られた長いベンチがいくつも並び、

 

それぞれに船の船首や紋章が彫られています。

 

 

船員は自分の乗る船のベンチに座って、ミーティングに参加しました。

 

 

このレストランで食事をしましたが、

 

サービスも味もよく、お勧めです。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、この街の名物、

 

砂糖とアーモンドで出来たお菓子、マルツィパン。

 

リューベックのマルツィパンは砂糖を50%以下に抑えることが

 

決められています。

 

 

中でも一番有名なニーダーエッガーでは、アーモンド70%、

 

砂糖30%で作られているので、甘すぎず美味しい。

 

 

 

 

写真は、ニーダーエッガーのショーウインドー、

 

マルツィパンで出来た小さな野菜。

 

ミニトマトで2.5cmくらいの大きさがあります。

 

 

 

 

 

 

 

2階がカフェになっていて、マルツィパン入りコーヒーを注文。

 

窓から見えるのは、市庁舎❕

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

市庁舎。

 

とても趣のある建物で、言葉が見つかりません。

 

 

 

 

 

 

 

 

市庁舎を、中庭側から見たところ。

 

壁に丸く穴が開いているのは、強風をさけるための工夫です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上の写真の壁を、反対側からみたもの。

 

表と裏で、煉瓦の色も質もずいぶん違います。

 

 

 

 

 

 

ハンザ都市の面影がそのまま残っていて、物語に出てくるような、

 

それでいて本物、素敵な街です。

 

 

 

 

帰りに振り返って見たホルステン門。

 

 

 

 

 

 

 

 

これまで意識していませんでしたが…

 

 

私はどうもハンザ都市が好きなようです❕

 

 

 

 

 

 

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ハンブルクの思い出 その .屮蕁璽爛糠酳館

 

ハンブルク生まれの作曲家・ブラームス(1833~1897)。

 

 

ハンブルクのお天気が変わりやすいのと同じように、

 

ブラームスの音楽も明るくなったり暗くなったりする、と

 

言われていますが、その影響はあったのでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブラームスの生家は、この近所にありましたが、

 

戦災で焼失してしまいました。

 

本当に残念です。

 

 

 

 

現在のブラームス博物館。

 

ブラームスの生家のすぐ近くの、

 

1751年に建てられた商人の館を改装しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼が実際に弾いたことがある1848年製のターフェルクラヴィーア。

 

 

 

 

 

 

 

戦禍を免れていたら、

 

私達はもっと多くのブラームスの遺品を目にすることが

 

できたはずです…

 

 

 

 

 

交流のあったメンデルスゾーン(左)とブラームス(右)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

下のノートは、ブラームスのアドレス帳。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブラームス博物館の街並み。

 

当時の面影をきれいに再現しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼は、人生の後半をウィーンで過ごしましたが、

 

故郷ハンブルクにも、強い愛情を抱いていました。

 

 

 

彼の手紙の一部分です。

 

「私はハンブルクを想うと、とても懐かしくなると同時に

 

すごく幸せな気持ちになります。

 

そこに行ったなら、昔からよく知っている防壁や通りを

 

歩き回りたい。」(1858年)

 

 

 

「…私はよく望郷の念にかられるので、毎週ハンブルクの新聞

 

『フレムデンブラット』を取り寄せています。それ以外にも、

 

昔から今に至るまでの写真、絵葉書、銅版画などを

 

コレクションしているのです。」(1894年)

 

 


 

 

 

ハンブルクは、ブラームスの時代のずっと前から

 

ハンザ都市として栄えた街です。

 

 

私も実際にこの街に滞在して、

 

ある意味ドイツらしくない、

 

おおらかな港町の風が吹いているのを感じます。

 

 

 

『そこに行ったなら、昔からよく知っている防壁や通りを

 

歩き回りたい。』というのもとても良くわかる気がします。

 

 

私も、今度行ったら、防壁や通りを歩き回りたい‼

 

 


 

 

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黒トリュフ入りスパゲッティ

 

帰国して、もう少しで2週間になります。

 

やはり、2ヶ月も日本にいないと帰国してからの雑用が多く、

 

日本を発つ前にやりかけていた事など、忘れていて、

 

ドキッとします。

 

 

 

まだまだハンブルクの事や、その後ベルリンに旅行したことなど、

 

皆さんにお知らせしたいと思っているので、待っていてくださいね。

 

 

 

 

 

さていつも、長期滞在で迷うのは、

 

スーツケース2個に何を詰めていくか、ということなのですが、

 

今回は、マイ枕を持参しました‼

 

 

 

それは、とても良かったのですが、

 

帰国するとき、はたと気が付きました、

 

お土産を入れるスペースがないと…

 

いつもは、日本から持って行ったものは使い切り、

 

その空いたスペースにお土産を買うのです。

 

ところが、枕は、持って帰らないといけません。

 

 

 

 

習慣とは恐ろしいもので、

 

帰国間際になると、

 

わかっていても、買い物がしたくなります!

 

この楽しみを奪われるのは、辛かったです。

 

手荷物で持って帰る、という手もありましたが、

 

沢山の荷物で手を痛めては、元も子もありません。

 

 

 

 

そんな中、唯一、私が持って帰ったのが、

 

「黒トリュフ入りオリーブオイル」です❣

 

 

 

 

 

 

私は、ハンブルクに着いた晩、近くのイタリア料理店で食べた

 

「黒トリュフ入りスパゲッティ」がとても気に入り、

 

滞在先のキッチンで作ってみようと思いました。

 

 

でもお店のように生のトリュフを使うのは面倒なので、

 

オリーブオイル専門店に行き、

 

若い店員さんに、

 

「黒トリュフ入りオリーブオイル」を使った簡単な料理を、

 

教えてもらいました。

 

 

 

それは、いたってシンプルで、

 

「ゆでたてのスパゲッティに、

 

このトリュフ入りオリーブオイルと

 

上質のおろしたてのパルミジャーノ・レッジャーノ(チーズ)

 

をたっぷり、塩、コショウをかけて出来上がり。」

 

 

彼女曰く、「この食べ方が、一番簡単で美味しい‼」。

 

 

 

 

それがわかってから、何度もこれを作りました。

 

シンプルだけど、塩加減がピタッとあうと、

 

本当に美味しい。

 

 

 

なので今回、この「黒トリュフ入りオリーブオイル」だけは、

 

購入して帰りました。

 

黒トリュフが入っているので、

 

90mlで2000円くらいと少々お値段は高めですが、

 

4皿分くらい作れます。

 

日本にもあると思います❣

 

 

 

 

 

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モコとの再会

 

皆さん、台風、大丈夫でしょうか?

 

 

速度がゆっくりなので、今日は一日中、家で待機ですね。

 

 

お気をつけてください。

 

 

 

 

 

さて、一昨日、夫とモコと再会しました…

 

 

 

私が桑名の家にいて、そこへモコが宝塚から帰ってきました。

 

 

 

最初、喜んで私をペロペロ舐めていましたが、

 

しばらくすると、夫の膝に上がり、

 

じっと私の顔を見つめています。

 

まるで、不思議なものを見るように…

 

 

 

 

昨年も変だったのですが、

 

今年は、もっと変です。

 

モコはこの夏休み、ほとんど夫と桑名にいたのですが、

 

夫の仕事が始まったので、このところ宝塚に行ったり来たり

 

していたのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

いつもなら、私が外から「ただいま!」といって帰ってくるのに、

 

今回は、モコが宝塚から自分の家に戻ってくると、

 

すでに私が家の中に、いたわけです。

 

 

 

 

そこで、モコの頭は混乱したようです。

 

なぜ、ムッティがそこにいるの???

 

 

 

 

それとも、夫の子供になろうと決心して、

 

本当に夫の子供になったのに、私が現れて、

 

面食らっているのでしょうか?

 

 

 

 

夫は次の日、宝塚に一人で戻りました。

 

 

 

今、モコと私の母子家庭ですが、

 

お互い、微妙な距離があります。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

私のベッドにいるときもありますが、気が付くと、

 

電気のついていない夫の部屋に、一人でいます。

 

恋しいのでしょうね〜

 

 

 

 

 

私も、夢の中ではドイツ語を話していたりして、

 

日本に帰ったのに、頭が混乱しているようです。

 

モコは中途半端に賢い(?)ので、

 

状況がわからず、悩んでいるようです。

 

 

 

私との日常に慣れるまで、

 

しばらく時間がかかりそうです。

 

 

 

 

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帰国しました!

 

昨日、無事帰国しました。

 

 

 

帰国前にベルリンに行き、

 

友人に会ったり、オペラを観たりして、

 

ハンブルクに帰ってくると、喉が痛い‼

 

風邪かも?

 

やはりそうでした⤵

 

 

そんな中、飛行機に乗るのは是非とも避けたいものですが、

 

仕方がありません。

 

やはり、気圧の関係で、機中では耳がおかしくなり、

 

心配しましたが、大事に至らず戻ってこれました。

 

 

 

 

 

 

やはり、日本はいいですね〜

 

自分のベッド、自分のキッチン、

 

何でも思い通りの所に、思い通りの物があるしあわせ。

 

 

 

そして、明るい‼

 

これは、やはり緯度の高いハンブルクでは太陽の光が弱い。

 

窓からさす光のパワーが違います。

 

先週まで日本は暑かったと聞いています。

 

暑いのは苦手な私ですが、太陽の光はとても大事ですね。

 

エネルギーを与えてもらえます。

 

 

 

 

 

 

明日、夫とモコが宝塚からここに戻ってきます。

 

楽しみです。

 

モコは、また昨年のように最初は喜んで、

 

そのあと拗ねるのでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

下の写真は、帰国前日、ゲーテのクラスメートがお茶に誘ってくれ、

 

その彼のすぐ家の前の並木道です。

 

私は、短めのダウンジャケットを着ていました。

 

ハンブルクは、すっかり秋です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ハンブルク紹介 その5 エルプフィルハーモニー・大ホール

 

以前、ハンブルクのエルプフィルハーモニーについて、

 

記事をアップしました。

 

今回は、その大ホールの紹介です。

 

 

 

このエルプフィルハーモニーは、もともと倉庫だったのを

 

ホールにしました。

 

 

 

そして、その音響を担当したのが、

 

日本人の豊田泰久氏です。

 

日本でもサントリーホールをはじめ数々のホールで、

 

彼の腕前は知られています。

 

今、全世界で、彼にホールの音響を担当してほしい、

 

とオファーが殺到しているそうです。

 

日本人として嬉しいですね!

 

 

 

 

 

 

 

 

前回の記事はこちら

    ↓

http://kazue-harada.com/?eid=439

 

 

 

 

長いエスカレーターで、異空間に運ばれます。

 

 

 

 

 

 

 

 

指揮 ケント・ナガノ 

 

ハンブルク・フィルハーモニカー

(Philharmonisches Staatsorchester Hamburg)

 

合唱

 

 

 

メンデルスゾーン : 最初のワルプルギスの夜 op.60

 

ベルリオーズ : テ・デウム op.22

 

 

 

 

 

 

 

ベルリオーズ の テ・デウム op.22は、

 

オルガンの使用と合唱の中に児童合唱が入っているのが特徴です。

 

 

 

 

終演直後の下の写真、オーケストラのすぐ後方に児童合唱団がいます。

 

それを取り囲むように大人の合唱団(黒の服装)が見えます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、舞台下手で花をもらっているのがオルガニスト。

 

この場所で演奏すると、舞台正面の上手にあるパイプオルガンから、

 

荘厳な音が鳴り響きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハンブルクに滞在するにつれ、この大ホールについて、

 

「曲によっては音響が良すぎて、演奏家は演奏しづらい」とか

 

いろんな意見を聞くようになりました。

 

 

観光の名所となっているだけに、みんなの期待は高いのでしょうね。

 

 

 

今回のコンサートは、合唱とオルガンという、

 

音響空間を意識した建築的な音楽構成なので、

 

そのようには感じなかったですが。

 

 

 

またいつか、ソロのコンサートや、オーケストラにも、

 

足を運びたいです。

 

 

 

 

 

ハンブルクには「ライスハレ」という、

 

今までの、もちろん今も使っているホールがあります。

 

そこのホールも素晴らしいそうです。

 

是非、聴いてみたいと思いました!

 

 

 

 

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ハンブルク紹介 その4 聖ミヒャエル教会

 

聖ミヒャエル教会の南側に戦火を免れた古い建物があります。

 

 

数件残っているだけですが、

 

ここは、1676年に建てられた「旧商工組合福祉住宅」、

 

商人の未亡人のための住居で、

 

当時、無料で提供されていたそうです。

 

 

そんな助け合いの精神があったなんて、いいですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

狭い路地です。

 

 

 

 

 

 

 

家の中。

 

未亡人たちが集まって、刺繍をしたり、お茶をしたり…

 

みんな何を話していたのでしょうか?

 

会話は今とあまり変わらないかも…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、ハンブルクのシンボル、

 

聖ミヒャエル教会です‼

 

市民には ”ミッヒェル” と呼ばれて、親しまれています。

 

 

 

 

 

 

この塔は132mもあるので、長い航海を終えて帰ってきた船乗りが、

 

一番初めに目にするもので、

 

これを見て、「あぁ、かえってきたなぁ。」と思うそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バロック様式の内部装飾が、とても美しく、

 

窓が多くて、とても明るいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

大きなパイプオルガン。

 

 

 

 

 

 

ハンブルクに住む友人が、

 

「この教会はプロテスタントなんだけど、カトリックの人たちとも、

 

とてもよい関係が築けている。」と言っていました。

 

いいですね!

 

 

 

 

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