リューネブルクへの遠足

 

ゲーテの2週目が終わり、

 

週末の遠足で、リューネブルクに行きました。

 

名前はよく聞いていましたが、訪れたのは初めてです。

 

 

 

ハンザ都市、リューネブルク。

 

 

ハンザとは、都市と都市の間で協定を結んで、

 

お互いに商売上の取引をしたり

 

経済的に助け合ったりする商人の団体のことで、

 

12世紀〜17世紀まで続きました。

 

 

 

北ドイツから北欧にかけてのハンザ同盟、

 

約70の都市が中核となり、他に130ほどの都市が、

 

緩い形でこれに加わっていたといわれています。

 

北海やバルト海で船を襲う海賊対策にも

 

力を合わせていました。


加盟都市どうしが経済的に助け合い、他から身を守るという意味で、

 

ハンザ同盟は、少し、現在のEUに似たところがあります。

 


 

リューネブルクは

 

昔(14~16世紀?)地下から岩塩水が湧き出て、

 

塩の取引で大変潤った街です。

 

その取引のために、ハンザ同盟に加入していました。

 

当時、塩は金と同じくらい価値が高かったのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大きなクレーンです。

 

リューネブルクの塩は、ここから船に積まれて

 

リューベックまで運ばれて行き、帰りには、

 

北欧で獲れたニシンが大量に積まれて戻ってきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人々は、塩で得た富をすべて家につぎ込みました。

 

ドイツの都市は、戦争で多くが破壊されましたが、

 

この街は戦争の影響を受けてないので、

 

古い建物がそのまま残っていて、とても味わい深いです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

下の写真の右の建物、段々に煉瓦が詰まれていますが、

 

これは、街行く人に、自分の家の富をアピールするため

 

だったのです。段々が多いほどお金持ちです!

 

 

ドイツの北部では石は採れなかったのですが、

 

粘土がとれ、それを焼いて煉瓦にしました。

 

窓枠の辺りの煉瓦は、一つ一つがねじられた形のもので、

 

それがアクセントになって、風情を醸し出しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

このように、とても栄えた街でしたが、

 

他の土地から安い塩が流通してくると、

 

塩の値段が下がり、

 

人々は、家を改築したりする資金がなくなりました。

 

 

 

でも...

 

 

それによって私達は、

 

当時の姿のままの建物を観ることができるのです!!

 

 

 

 

 

 

ニコライ教会。

 

土地が狭い所に建てられたので、

 

上へ上へと煉瓦が詰まれ(これも富の象徴)、

 

天井まで30メートルあります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

船に関する仕事に従事している人々が、お祈りする席。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドイツ塩博物館。

 

塩水を、炊いています。

 

 

 

 

 

 

 

今回のリューネブルクは、ハンブルクから列車で35分です。

 

25名参加して、みんなでデレデレ歩いて、

 

長い時間をかけてイタリア料理店でお昼ご飯を食べて…

 

 

 

何より驚いたのは、

 

帰りの列車で、ハンブルク到着の車内アナウンスが流れると、

 

みんな個々に席を立って、

 

「さようなら!」と言って勝手に解散したことです❕

 

日本では、ホームに降りて、一度集まって解散ですよね❓

 

 

 

 

photo by steinway
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