ハンブルクの思い出 その .屮蕁璽爛糠酳館

 

ハンブルク生まれの作曲家・ブラームス(1833~1897)。

 

 

ハンブルクのお天気が変わりやすいのと同じように、

 

ブラームスの音楽も明るくなったり暗くなったりする、と

 

言われていますが、その影響はあったのでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブラームスの生家は、この近所にありましたが、

 

戦災で焼失してしまいました。

 

本当に残念です。

 

 

 

 

現在のブラームス博物館。

 

ブラームスの生家のすぐ近くの、

 

1751年に建てられた商人の館を改装しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼が実際に弾いたことがある1848年製のターフェルクラヴィーア。

 

 

 

 

 

 

 

戦禍を免れていたら、

 

私達はもっと多くのブラームスの遺品を目にすることが

 

できたはずです…

 

 

 

 

 

交流のあったメンデルスゾーン(左)とブラームス(右)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

下のノートは、ブラームスのアドレス帳。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブラームス博物館の街並み。

 

当時の面影をきれいに再現しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼は、人生の後半をウィーンで過ごしましたが、

 

故郷ハンブルクにも、強い愛情を抱いていました。

 

 

 

彼の手紙の一部分です。

 

「私はハンブルクを想うと、とても懐かしくなると同時に

 

すごく幸せな気持ちになります。

 

そこに行ったなら、昔からよく知っている防壁や通りを

 

歩き回りたい。」(1858年)

 

 

 

「…私はよく望郷の念にかられるので、毎週ハンブルクの新聞

 

『フレムデンブラット』を取り寄せています。それ以外にも、

 

昔から今に至るまでの写真、絵葉書、銅版画などを

 

コレクションしているのです。」(1894年)

 

 


 

 

 

ハンブルクは、ブラームスの時代のずっと前から

 

ハンザ都市として栄えた街です。

 

 

私も実際にこの街に滞在して、

 

ある意味ドイツらしくない、

 

おおらかな港町の風が吹いているのを感じます。

 

 

 

『そこに行ったなら、昔からよく知っている防壁や通りを

 

歩き回りたい。』というのもとても良くわかる気がします。

 

 

私も、今度行ったら、防壁や通りを歩き回りたい‼

 

 


 

 

photo by steinway
<< 黒トリュフ入りスパゲッティ | main | ハンブルクの思い出 その◆.螢紂璽戰奪 >>

このページの先頭へ